東日本大震災から15年
今日は3月11日。
東日本大震災から15年という月日が流れました。
毎年この日が巡ってくると、私はあの瞬間の記憶を静かに紐解きます。
風化させてはいけない、私たちが受け取った大切な教訓を、東北の人間として、今年もブログに綴らせてください。
15年前の今日、私は自宅にいました。
激しい揺れが襲った直後、ファンヒーターの火が消え、テレビの音も途絶えました。
外へ出ると、そこにあったのは見たこともない景色。
信号も街灯も、近所の家の明かりもすべて消え、街全体が深い闇に沈んでいました。
いつもなら安心を感じるはずの静寂が、その夜ばかりは何とも言えない、得体の知れない不安で満ちていたことを今でも鮮明に覚えています。
物流が止まり、お店の棚からは食べ物が消え、ガソリンを求めて果てしない列に並ぶ日々。
小さな携帯電話の画面越しに見た、街を飲み込む波の映像。
これは本当に現実なの?と、心が追いつかないほどの衝撃でした。
震災からしばらくの間、誰かと顔を合わせれば
あの時、どこにいましたか?
大丈夫でしたか?
と、互いの無事を確かめ合う会話が自然と交わされていました。
でも、いつの間にかそんな会話も少なくなりました。
街が新しくなり、日常が戻り、私たちはまた前を向いて歩き出したから。
それはとても喜ばしい復興の証。けれど、形あるものが戻っても、心に刻まれた記憶が消えることはありません。
15年という時間は、生まれた子が中学を卒業するほどの長い月日。
それでも、あの日を境に人生が大きく変わってしまった方々にとっては、昨日のことのように感じる瞬間もあるかもしれません。
私たちは、決して忘れてはいけないのだと思います。
当たり前にある「今」が、どれほど奇跡の積み重ねであるかということを。
被害に遭われた皆様方に、心よりお見舞い申し上げます。
そして、震災で亡くなられた皆様、ご遺族の方々に、深い哀悼の意を捧げます。
今日という日、命の尊さを噛み締めながら、皆様の心に安らぎが訪れるよう静かに祈りたいと思います。
今日を、大切に。
黄鈴
